緑豊かな岩殿観音の麓のお寺です
  • 梅花講

 補陀山 法光寺

〒357-0215 埼玉県飯能市大字坂石町分333-1

見どころ

観光名所観光名所

■奥の院 岩殿観音窟石龕

縁起によると、行基菩薩が東国巡錫の折、この洞窟で一夜を過ごし、そこで見た霊夢に白馬堂子が現れ、『十一面観音を安置せよ』と告げた。翌日山上にあった霊木で手彫りの十一面観音像を洞窟内に安置したとされ、その後、貞和二年(1346)比丘元燈がこの山の霊感に打たれ多くの信者の協力を得て石龕を造立したものとされる。

 行基菩薩の本尊は失われ、現在は人間国宝香取正彦氏(法光寺梵鐘鋳造)の父、香取秀真氏鋳造の十一面観音像が納められております。



 朱塗のお堂の扉を入った洞窟内は、人が入ると電灯が点くようになっているが、薄暗く霊気が漂っています。

観音窟の周辺には弘法の爪書き不動、弘法の硯石、畠山重忠の馬蹄跡、宝生の滝など、数多くの霊跡が残されています。



奥の院 岩殿観音窟お堂・窟石龕の他に弘法の爪書き不動・宝生の滝・畠山重忠公の馬蹄跡・弘法の硯石などがございます。

奥の院 岩殿観音窟お堂・窟石龕の他に弘法の爪書き不動・宝生の滝・畠山重忠公の馬蹄跡・弘法の硯石などがございます。

■奥の院 岩殿観音窟お堂

ここは岩殿観音窟と呼ばれ、吾野法光寺の裏山を登ること500メートル、中腹に自然にできた石灰岩の洞窟である。

 もとは行基菩薩の手彫りになる十一面観音像を安置した霊場といわれるが、貞和二年(1346)比丘元燈はこの山の霊感に打たれ、数百人の協力を得て、石龕を文和五年(1356)に造営したという。

 石龕は緑泥片岩で囲まれた四角塔の厨子で、石門と石柵を巡らした仏教遺跡としては類例の少ないものである。今日、貞和二年銘の扉と思われるものが法光寺に保管されている。



 また窟内には多数の板石塔婆が残されている。

 (一)聖法禅尼造立による貞治二年(1363)のもの

 (二)比丘元燈が両親の三十三回忌にあたる貞治六年(1367)に建てたものなどがあり、とくに(二)の霊位という碑銘は他に類例のない珍しい形式である。

【南北朝時代・県指定・史跡】

 

奥の院 岩殿観音窟お堂

霊場霊場

法光寺は武蔵野観音霊場 第三十一番の札所です。

武蔵野三十三観音霊場は、昭和15年開創の比較的新しい霊場であり、近年武蔵野三十三観音霊場会が再結成され、皆様に親しまれております。

人生にはさまざまな喜怒哀楽があり、好不調があります。

その折々に、武蔵野三十三観音霊場を参詣されることができれば幸いに存じます。

ご朱印ご朱印

準備中

花・庭・木花・庭・木

■境内に咲く花々

境内には春の桜をはじめとして数々の花々がそれぞれの季節を彩ります。夏の池に咲く花蓮や大きな銀杏の木も秋の名物となっております。

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